大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

仙台高等裁判所 昭和31年(ネ)61号 判決

控訴人 佐藤匡

被控訴人 小川春弥

主文

本件控訴を棄却する。

控訴人の別紙物件目録(六)、(七)の建物の収去を求める請求を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し原判決添付第一目録表示の土地を別紙物件目録記載の建物を収去して明渡せ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。との判決を求め被控訴人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、

控訴人が、

(1)  本訴の請求原因は、控訴人の前主佐藤永春から被控訴人に対する本件土地の賃貸借終了による返還義務の履行を求める明渡請求権である。

(2)  永春は、被控訴人に対し右明渡を請求していたが、高血圧症のため引きこもりがちであり、昭和二八年九月ころ家政一切を控訴人に任せ、本件訴訟も控訴人をしてその衝に当らせることとし、同月一〇日付売買名義で控訴人に本件土地の所有権を移転し、同時に明渡請求権も控訴人に譲渡した。

(3)  しかし、永春は当時病気入院中で売買による移転登記手続をしないまま昭和二八年一一月一三日死亡したので、控訴人は翌年一月九日永春の遺産相続人から右登記を受けた。

(4)  控訴人は、先きに原審で訴訟受継の申立をしたが、それは訴訟を承継したという趣旨である。

(5)  永春は、西尾直蔵と被控訴人との間に本件土地の賃貸借が成立した日を明らかにすることができないので、控訴人主張のとおり昭和一八年一月一日から一〇年と定めたものである。右土地の賃貸借は初めから建物所有を目的としたものであるから、借地法施行後は同法が適用されるわけである。

と述べ、

被控訴人が、

(1)  原審原告永春の相続人である控訴人が、昭和二八年九月一〇日永春から本件係争土地を売買で取得し、昭和二九年一月九日右登記を経た事実は認める。

(2)  控訴人が、別紙物件目録(一)の居宅を原審検証後改造して、事務所及び旅館(二階)に使用していることは相違ない。

(3)  控訴人の訴訟受継は争う。本件賃貸借終了による土地返還請求権は、永春の相続人である控訴人、トキ子、道永がこれを承継取得したというならば格別、前記売買と同時に右返還請求権を控訴人が譲り受けたとの控訴人主張事実は争う。

(4)  本件賃貸借は、控訴人の認めるとおり借地法の適用ある賃貸借である。

と述べたほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

当事者双方の証拠関係は、控訴人が、甲第五号証の一ないし五、第六号証の一ないし三、第七号証の一、二を提出し、当審での証人菊地治尚の証言及び控訴本人尋問の結果を援用し、乙第二号証の一、二の成立を認め、被控訴人が、乙第二号証の一、二を提出し、当審での被控訴本人尋問の結果を援用し、前記甲号各証全部の成立を認めると述べたほか、原判決当該摘示のとおりであるから、これを引用する。

理由

控訴人の訴訟受継について考えるに、原判決及び本件記録によると次の事実を認定することができる。

控訴人先代永春は、昭和二八年六月一二日弁護士市井茂を訴訟代理人として被控訴人に対し土地賃貸借終了による返還義務の履行として、建物収去土地明渡を求める訴を提起したこと、控訴人は、昭和三〇年四月八日原審に対し、父永春が昭和二八年一一月一三日死亡したことを理由に訴受継の申立書を提出したこと、控訴人は、永春の生前である昭和二八年九月一〇日売買によつて永春から係争地の所有権を取得し、昭和二九年一月九日その旨の登記を経由したこと、原審は、永春には訴訟代理人があるから、訴訟は中断せず、したがつて受継することはできないが、右受継申立は進行中の訴訟手続を相続人として承継する旨の申立であるとの見解のもとに、判決には原告佐藤永春、右承継人佐藤匡、右訴訟代理人弁護士市井茂と表記したこと、永春から市井茂に対する昭和二八年二月一〇日付委任状には控訴提起の特別授権がなかつたこと、以上の各事実を認めることができるから、本件訴訟は、昭和三一年一月二三日原判決正本が弁護士市井茂に送達されると同時に中断したものといわなければならない。ところが、控訴人は、改めて受継の申立をすることなく、弁護士市井茂を訴訟代理人に選任し、「控訴人(原審原告承継人)佐藤匡」として昭和三一年二月四日本件控訴を申立て、昭和三一年六月二八日の当審口頭弁論期日で訴訟を受継する旨申立て、被控訴人がこれに異議を申立てたものである。

被控訴人は、永春が昭和二八年一一月一三日死亡し、控訴人らが相続したこと、控訴人が昭和二八年九月一〇日永春から売買によつて本件土地の所有権を取得し、昭和二九年一月九日取得登記を経たことは争わないが、本件は土地返還請求権にもとづく土地明渡請求訴訟であるところ、控訴人は永春から右請求権を譲り受けたものではなく、右請求権は永春の相続人である控訴人、トキ子、道永が共同相続したものであるから、右三名が受継するなら格別、控訴人一人だけで受継することはできないと主張する。

土地所有権を他に譲渡した者は、特段の反証のない限り、右土地の賃貸借終了による返還請求権をも譲受人に譲渡したものと解するのが相当であるから、特に反証のない本件では、永春は、本件土地を控訴人に売り渡すと同時に本件賃貸借終了による返還請求権をも控訴人に譲渡したものと認めるべきであり、したがつて、控訴人は訴訟の係属中に訴訟の目的である権利を譲り受けたものであるから民訴七三条の規定によつて本訴に参加することができたわけである。ところで、訴訟の受継とは当事者の死亡によつてその権利義務を一般的に承継した相続人が中断した訴訟を承継するものであり、訴訟参加は、当事者から当該訴訟の目的である権利義務を個別的に承継した場合にするものであつて、両者は別個の観念ではあるが、しかし数名の相続人のうち一名だけが遺産分割によつて当該訴訟の目的である権利を取得したときは、右相続人一名だけが訴訟を受継すべきものである事実にかんがみれば、当事者から訴訟の目的である権利を譲り受けた相続人が、まだ訴訟参加をしないうちに譲渡人である被相続人が死亡し、訴訟が中断したときは、受継の方法によつて訴訟を承継することも許されるものと解するのが相当である。もしそうでなく、中断した訴訟は先ずいつたん相続人全員(譲渡を受けた相続人を含む。)で受継し、しかる後譲渡を受けた相続人が訴訟参加をすべきものであるとするときは、いたずらに無益な手続をくりかえして訴訟関係を繁雑ならしめ、敗訴することがわかりきつている他の相続人にも訴訟の受継を強いる結果となるからである。

以上に認定した事実や説示したところによれば、控訴人が昭和三一年六月二八日の当審口頭弁論期日でした受継申立は正当であり、中断中にされた本件控訴の申立もこれによつて補正されたものというべきであり、またこれより先き同年五月一〇日の当審口頭弁論期日で当事者双方がした訴訟行為については、当事者のいずれもが異議がなかつたのであるから、本件訴訟手続は総べて正当なものといわなければならない。

次に本案について判断する。

原判決添付第一目録記載宅地(ただし二一番の九宅地四〇坪を除く。右宅地は原審証人石井介の証言で同人が永春から賃借しているものと認められるから、右宅地についての控訴人の請求は失当である。)がもと上田正次郎の所有であつたが、控訴人の先代永春がこれを買受けたこと、昭和一八年一月一日永春と被控訴人間に右宅地について控訴人主張のような賃貸借が生立したこと、右賃貸借は初めから建物所有を目的とするものであつたことは当事者間に争がなく、甲第二号証、原審検証の結果に当事者弁論の全趣旨を総合すると、被控訴人は、右宅地上に別紙目録記載の建物を所有していたが昭和二六年一〇月二四日になつて、右建物について保存登記を経由したことが認められる。

そこで、永春と被控訴人間の前記賃貸借が新たに成立したものであるかどうかを考えるに、甲第三号証、原審証人南仲衛、石井介の各証言及び当審での控訴本人尋問の結果を総合すると、本件宅地はもと西尾直蔵の所有であつたが、上田正次郎は昭和一五年四月九日西尾からこれを買受けて即日取得登記を経由し、永春は昭和一七年中これを上田から買受けたが、昭和一八年五月二七日に同月二四日の交換を原因として移転登記を経由したこと、被控訴人は、西尾所有当時から本件宅地を賃借し、前記建物を所有していたが、本件宅地の買受を応諾しなかつたので、上田が買受けたものであり、上田は異議なく本件宅地を被控訴人に賃貸し、(その後昭和一六年三月一〇日借地法が浪江町に施行。)ついで昭和一七年永春が上田からこれを取得し、前示認定のとおり昭和一八年一月一日これを被控訴人に賃貸したこと、当時永春は本件宅地につき、また被控訴人は本件建物につき、いずれも登記を経ていなかつたこと、永春は、期間満了の昭和二八年一月一日には必ず明渡されることを期待し、経済事情が激変したのに、当初定めた一年五〇〇円の賃料の増額を請求しなかつたこと、以上の各事実が認められる。ところで、上田と被控訴人間に昭和一五年四月九日成立した前記賃貸借については期間の定めがあつたものと認めしめる証左がないから、その存続期間は借地法一七条一項によつて昭和三五年四月八日までとなつたわけである(右賃貸借が非堅固の建物の所有と目的とするものと認めるべきことは後述する)。また永春は、本件宅地の所有権を取得したが登記を経ていなかつたのであるから、被控訴人が、これを認めない限り、右所有権をもつて被控訴人に対抗し得なかつたのであり、もし右登記を経由するときは、被控訴人は本件建物について登記を経ていなかつたのであるから、被控訴人は右賃借権を永春に対抗することができなかつたわけであるが、被控訴人は永春の右所有権取得の事実を認め、永春は被控訴人が右賃借権にもとづいて本件建物を所有する事実を認め、右両者間に前示賃貸借を承継存続させる旨の合意が成立したものと認定するのが相当である。若しそうでなく、昭和一八年一月一日新たな賃貸借が成立したものとすると、永春は同日から短くとも二〇年はこれを賃貸しなければならないことになつて、早く明渡を受けることを望んでいた同人の意向に反することになるし、またそのときに定めた存続期間一〇年の約束は、法律上無効であるとはいえ、被控訴人は、右事実によつて、早期明渡を求める永春の意に同調したものと推認されるから、永春が上田の賃貸人たる地位を承継することについて、永春、被控訴人の合意があつたものと認定する。そうすると、本件賃貸借の存続期間は昭和三五年四月八日までであるから、これを昭和二八年一月一日までとする約束は、借地法一一条によつて無効である。

なお、本件宅地のうち、二一番の一は七九三坪一合六勺、二一番の六は一八九坪であるところ、右宅地上に被控訴人が別紙物件目録記載(一)から(七)までの建物を所有していることはすでに認定したとおりである。(原審検証の結果によれば、右(四)の建物のうち本件宅地上に存する部分は約一七坪である。)右建物のうち(三)の倉庫一棟一五坪は堅固な建物であるが、その他の建物が堅固な建物でないことは、右検証の結果で明らかであるが、本件宅地二筆合計九八二坪一合六勺は一団地として一の契約で賃借されたものであるから、全体として同一の取扱に服するものと認定すべく、かつ右(三)の倉庫は付属建物であるから、たまたまそれが堅固な建物であつても、主たる建物など他の六棟の建物が非堅固な建物である以上、これを全般的に観察して右賃貸借は非堅固な建物の所有を目的としたものとみなすのが相当であるから、その存続期間は二〇年と認定すべきものである。

そうすると、本件賃貸借が昭和二八年一月一日終了したことを原因とする控訴人の請求は理由がないから、これを棄却すべきものであり、これを排斥した原判決は結局相当であり、控訴人が当審で新たに請求した別紙物件目録記載(六)、(七)の建物の収去を求める部分もまた理由がないから、これを棄却すべきものとし、民訴三八四条、九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 斎藤規矩三 鳥羽久五郎 羽染徳次)

(別紙)物件目録

双葉郡浪江町大字権現堂字下柳町二一番地

家屋番号権現堂第五三三番

(一) 木造瓦葺二階建居宅一棟

建坪三七坪七合 二階坪一五坪七合五勺

付属建物

(二) 木造瓦葺二階建居宅一棟

建坪二五坪三合五勺 二階坪一三坪五合

(三)石蔵造瓦葺平家建倉庫一棟

建坪一五坪

(四) 木造杉皮葺平家建炊事場一棟

建坪二五坪

(五) 木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建居宅一棟

建坪一一坪

(六) 木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建物置一棟

建坪一五坪

(七) 木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建物置一棟

建坪三二坪

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例